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2019-20年ヴロツワフ大会:12/31 昼の祈りのメッセージ

以下は、テゼのヨーロッパ大会(ポーランドのヴロツワフ)で青年たちに語られた言葉です。


 

2019年12月31日(火)/昼の祈りにて

 

「ヤコブよ、あなたを創造された方 イスラエルよ、あなたを形づくられた方 主は今こう言われる。恐れるな。私があなたを贖った。私はあなたの名を呼んだ。あなたは私のもの。あなたが水の中を渡るときも 私はあなたと共におり 川の中でも、川はあなたを押し流さない。火の中を歩いても、あなたは焼かれず 炎もあなたに燃え移らない。私は主、あなたの神 イスラエルの聖なる者、あなたの救い主。」(イザヤ書43:1-3

 

イザヤ書のこれらの言葉が書かれた時、イスラエルの人々は非常に困難な状況にありました。文化と信仰の中心地であるエルサレムは破壊され、ユダの民の大部分は強制移住させられ、捕囚生活を強いられました。かつての王国は、もはやバビロニア帝国の小さく取るに足らない部分となりました。

それでも、この時代に書かれたイザヤ書の章は、希望の章であり、絶望の章ではありません。どうしてそんなことがあり得るでしょうか? この筆者は現実に目を閉ざし、現実の世界があまりにも苦しいときに人々が逃避できる夢の世界を描いているのでしょうか?明らかにそうは思えません。それでは、この筆者はどのようにして、祖国が廃墟にされ、捕囚の生活を送る同胞の民が希望を取り戻すことを助けたのでしょうか?

まず初めに、神が誰であるか思い出させることによってです。神は、人々が苦しみを終わらせることに関知しない何か遠くにいる神ではありません。違います。神は人々を創られ、彼の民である一般の人々、そして一人ひとりについて、特に存在することを望まれたのです。

次に、彼らを名前で呼びかけることによってです。私たちは皆、もちろん名前を持っていますが、聖書とは異なり、ほとんどの人は非常に自由につけられた名前です。聖書の時代はそうではなかった。名前とは、その人のもっとも深いアイデンティティについて、何かを表すものでした。例えば、イエスの名前は「主は救う」という意味です。なぜなら、それがイエスの人生の本質だったからです。ですから、神が私たちを名前で呼ぶとは、「私はあなたを知っている。あなたになにが起こっているか分かっている。そのことを本当に気にかけている。」と呼ばれているということです。

三つ目に、著者は、過去の共通の経験を思い出させることによって、人々に希望を与えました。強制移住させられる前にも一度、エジプトで異邦人であったこと。そして主がその民を救いだされたこと。神は民を海の水の中へと導き、荒野のなかを火の柱によって約束の地へと導いたことを。

幸運なことに、私たちの殆どは、このテキストの時代に生きたユダ王国の人々のような困難な環境で生きているわけではありません。それでも、このテキストが日常生活の大きな、小さな困難に向き合う助けになると私は確信しています。それぞれ自分の国に住むことができていたとしても、私たちの生活、私たちの社会、そしてこの地球が廃墟のうちに広がっていると感じる瞬間があるのです。

あまりにも早く変化し、多くの人々が好むと好まざるにかかわらず、ひとつの場所から別の場所に移動する世界では、ブラザー・アロイスがテゼからの提案の5つ目で言っているように「心のうちに錨をおろして留まる場所を見つける」必要があります。私たちもイスラエルの人々にならって、私たちを創造し愛しておられるのは神であることを思い出せたらと思います。神は私たちを個人的に知っており、私たちを自由にするのは神であるということを。そして、神だけが聖なる方であることに気づくとき、最後には本当の意味で何も私たちを傷つけることはできないということにも気づきます。むしろ使徒パウロが言っているように、私たちの主、キリスト・イエスにおいて誰も神の愛から私たちを引き離すことはできないのだと。

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